セラピストにむけた情報発信



体操選手に学ぶ立位姿勢制御



2008年10月30日

体操選手は,複雑な身体姿勢をとりながら片足でバランスを維持したり,宙返り後に静止姿勢を維持したりと,非常に困難な状況の中でバランスを維持できます.今回紹介する研究は,体操選手が日常場面での立位姿勢制御でも優れた特性を示すことを明らかにした研究です.

この問題は,決してリハビリテーションと無関係ではありません.もし体操選手が日常場面での直立姿勢でも優れたバランス能力を有しているならば,普段の生活の中で,やや困難度の高い場面でバランス能力をトレーニングしておけば,結果的にそれがバランス能力の向上に寄与するからです.バランス機能を失った患者さんへの適応は難しいかもしれませんか,健常な高齢者の方々への転倒予防対策として何が有益かについて,ヒントを与えてくれるように思います.

フランスのグループのVuillerme氏とNougier氏は,体操選手の立位姿勢制御の特性について精力的に取り組んでいます.まず彼らが示したことは,体操選手のバランス能力は片足立位で視覚情報が利用できないという,困難な状況で顕在化するということです(Vuillerme et al. 2001a).実験では,目隠しをした状態で片足立位やマット上での片足立位を行った場合,体操以外のスポーツ選手よりも足圧中心の動揺が少ないことを示しています.両足立位の課題では,体操選手とその他の選手の間に違いは見られませんでした.また体操選手は,足関節の制御に関わる筋肉に与えられた振動刺激によって一時的にバランスが崩れた場合にも,他のスポーツ選手よりも素早くバランスを立て直すことができました(Vuillerme et al. 2001b).

さらに,デュアルタスク(二重課題)のパラダイムを用いた実験の結果,体操選手はマット上での片足立位のような困難な状況でも,バランス維持に注意資源を必要としないことがわかりました(Vuillerme et al. 2004).立位の最中に,二次課題として聴覚刺激に素早く反応するという反応時間課題を行いました.その結果,足圧中心動揺の成績自体にはグループ間の差がなかったものの,困難な条件(片足立位やマット上での片足立位条件)において,体操選手のほうが反応時間が有意に早いことがわかりました.この結果から,体操選手は立位制御の難易度が上がっても意識的・努力的なバランス維持の必要がないため,二次課題に取り組む余裕があることが伺えます.

やはり,日頃から困難な状況でのバランス維持に取り組むことは,日常生活でのバランス維持にも波及すると考えられます.スポーツを楽しんだり,揺れる電車の中でも座らずに立っているといった経験が豊富な高齢者は,知らず知らずのうちに,バランス能力維持のための訓練を積んでいるのかもしれません.


引用文献
1. Vuillerme, N et al. The effect of expertise in gymnastics on postural control. Neurosci Lett 303, 83-86, 2001a.
2. Vuillerme, N et al. The effect of expertise in gymnastics on proprioceptive sensory integration in human subjects. Neurosci Lett 303, 73-76, 2001b.
3. Vuillerme, N et al. Attentional demand for regulating postural sway: the effect of expertise in gymnastics. Brain Res Bull 63, 161-165



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